定年退職、早期退職などで、50代、60代の方が介護の仕事に転職を検討されるケースが増えています。
そういう方のために、私の経験を踏まえて情報提供ができればと思っています。
50代、60代の方は、後期高齢者(75才以上)と一緒に過ごしてきた体験があります。
後期高齢者が年末に何を思うか、それが理解できる強みがあります。
後期高齢者の方は、昭和中期のお正月を過ごしてこられました。
その記憶が強く残っている方がほとんどです。
つまり、我々50代、60代が幼少の頃のお正月のイメージをお持ちです。
ここでは、昭和中期のお正月の迎え方、年末のお仕事について触れます。
大掃除
かすかに記憶があるのは、年末に親せきが来て手伝ってもらって大掃除をしました。
今の大掃除とはケタ違いだった記憶があります。
家じゅうのガラス窓を拭く、畳を上げて叩いて干す、障子紙を破って張り替える、などかなり大がかりであったと思います。
人によってはこのような大掃除の印象を強く持っておられ「やらなければいけない」という気持ちがよみがえって来られます。
年末になると認知症の入居者の方が「大掃除ができてない、人が手伝いに来てくれるのに、準備もできていない、家に帰らないと大変なことになる」と言われるケースもあります。
餅つき
お餅が無いとお正月に食べるものが無くなります。
お餅つきは絶対にやらなければならない行事でした。
とても重いウスとキネを物置から出してきて用意して、せいろでもち米を蒸してつき始める。
せいろも何段も用意します。
そしてついた餅に粉をつけて丸める。
当時は各家庭で手間暇かけて餅つきをするのが当たり前でした。
お餅は、いまでは買ったほうが安いのです。
正月の飾りつけ
玄関先には門松を置きます。
今のようにホームセンターで売っているものではなく、職人がオリジナルで作っていました。
玄関を入ったところの飾り物、床の間の掛け軸、生け花なども正月用に特別に用意したものを飾っていました。
年末にはそれらを全て準備します。
飾りつけだけでも数日がかりの大仕事です。
おせち料理の準備
おせちづくりは年末イベントの中でも超特大です。
昭和中期のお正月は、ほぼすべてのお店が休みでした。
コンビニもスーパーも無いので、町の市場や小売店は3が日は街は閑散としていました。
どこの店も開いていないのが当時の常識で、自宅でおせち料理やお雑煮を食べて過ごしていました。
年末には年始3日分以上の食料を調理していたので大忙しでした。
当時の冷蔵庫もかなり小さく、冷凍食品もない時代です。
段取りよく料理することが非常に難しかったものと思います。
私も幼少のころから毎年何らかの調理補助的な役割を担って手伝っていました。
母は毎年紅白歌合戦を座って見ることができませんでした。
まとめ
このように年末年始の過ごし方、家事の仕事量は現代とは比べ物にならないほどたいへんでした。
別記事で触れますが、これが高齢者が年末に不安定になる要因でもあります。
後期高齢者が生きてきた時代を我々50代、60代の実年世代が若い世代に語り継ぐことで、後期高齢者への理解が深まり、より質の高いケアの創造につながるのではないかと期待します。
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