50代、60代の方が未経験から介護業界へ転職されるケースが増えています。
ここでは介護事業に携わるすべてのものが共有する基本的な理念をご紹介します。
介護保険法では「尊厳の保持」、「自立支援」という2つの大きな柱になる部分が明記されています。
これらの理念は長い年月を経て、一人ひとりの介護スタッフにまで周知されています。
施設の方針、課題への対応、スタッフの育成など、あらゆる方針の基礎となります。
私は2004年から2023年の間で、介護業界で13年間就業しました。(途中に空き期間があります)
2004年当時は介護保険法施行直後でもあり、迷走していた時代でした。
そんな中でも介護保険法の理念は堅持されてきました。
当初は事業者によっては「尊厳の保持」と「自立支援」を「建前」のように扱う向きもありました。
いまはこれが介護の基本理念となり、ほぼ全員の介護職にこの理念が周知、共有されています。
この記事では「尊厳の保持」について介護の視点から解説します。
50代、60代の方が転職して、他業種から介護の仕事に就かれる方むけに要約します。
介護保険法 第一章 第一条
いわゆる介護保険法の1丁目1番地には下記のように記載されています。
「尊厳の保持」、「自立支援」が介護保険法の基本理念であるといわれるゆえんです。
介護保険法 第一章
第一条 この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。
介護現場で注意すべき尊厳の保持(やってはいけない具体例)
介護現場での尊厳の保持は「線引き」が難しい部分があります。
50代、60代で介護業界に転職されると、意見を求められることがあります。
「こういう場合どう思われますか?」と聞かれることもあります。
ご自身の意見を述べる際の参考にしてください。
不適切な呼称
おじいちゃん、おばあちゃん、〇〇ちゃん、ではなく、〇〇さん、と名前で呼びます。
あだ名はNGですが、名前の略称は相手次第でOKとしているケースがあります。
たとえば「茂三さん」というご利用者がおられました。
名字や名前で呼ばれてもご本人がピンとこないので、「しげさん」と呼ぶことにしていました。
注意すべきは、家族の中にも「なれなれしい」と不快に思われる向きもあります。
呼び方については、本人や家族がどう受け止めているのか、相手の気持ちへの配慮が必要です。
「お年寄り」という言葉も不快に感じる方があります。
「高齢者」という言葉に置き換えるようにしていました。
呼び方については、相手の受け止め方も「尊厳の保持」につながります。
不適切な命令口調
言葉づかいにも相手の尊厳を意識します。
命令と尊厳とは相反します。
「〇〇しろよ」、「〇〇するなよ」などの命令口調で話すことは、相手の尊厳を傷つけます。
「〇〇してください」もしくは「〇〇してはいかがですか」など、丁寧語に置き換えます。
たとえば施設で朝食の声掛けをするとき「朝ごはんだから来てください」という職員もいます。
私はより命令口調を抑えて「朝食の準備ができましたのでよろしかったらどうぞ」と声を掛けます。
このように、相手に選択をゆだねる言い方をすると、かなりソフトに伝わります。
言葉づかいがなぜ大切なのか、現場の職員によく聞かれます。
介護保険法では、理念を実践しているサービスにだけ給付を支払う、という建付けになっています。
理念を実行しない介護サービスにはお金は払いません、というのが国の方針の底辺にあります。
「尊厳の保持」が、介護保険の理念、国の方針、介護業界の共通認識であるからと理解しましょう。
適切な言葉づかいは尊厳の保持につながります。
不適切な幼児扱い
創作活動でうまくできたときに「じょうずですね、うまくできましたね」と声を掛けます。
それは相手をたたえているので尊厳の保持につながります。
しかし幼児語になってしまうケースがあります。
保護してあげたいという気持ちで優しい言葉を選択すると、そうなってしまうスタッフがいます。
「じょうずでちゅね、うまくできまちたね」と声をかけると馬鹿にされているように感じます。
ベテランのスタッフでもそういう声掛けは、注意する必要があります。
たとえば、「じょうずですね、うまくできましたね」だけで終わるとお世辞のようにも聞こえます。
「リハビリの成果がでてきましたね」という言葉を付け加えると、さらに尊厳の保持が深化します。
常に相手が目上の大人であることを心にとどめて敬意をもって話しかけましょう。
適切な言葉づかいは尊厳の保持につながります。
不適切な入浴介助
大浴場の前の廊下に裸で高齢者を並ばせて順次入浴させる。
そういう光景を以前に見かけたことがありました。
今は無いと思いますが、2000年代前半では当たり前のようにありました。
他施設でのことなので口出しはできなかったのですが、人間の尊厳を感じられない光景でした。
なんだか悲惨な光景で「年を取るとみじめだなぁ」と思わざるを得ませんでした。
廊下では衣服を着る、脱衣場で脱衣する、という半ば当たり前のことが、尊厳を守ります。
ここでは昔の極端な事例を引用しました。
介護保険法の「尊厳の保持」が実践され、いまは個別の事情に配慮した入浴にも対応しています。
個別の事情とは、大きな手術の傷跡があるので、一人で入浴させてほしい。
異性への恐怖心があるので、入浴は同性介助でお願いしたい、などがありました。
個別の事情に配慮した入浴介助は、尊厳の保持につながります。
不適切な排泄介助
古い大きな施設では、トイレ内に個室がなくカーテンで仕切るタイプがあります。
職員によっては、トイレのカーテンを閉めずに用をたせる職員がありました。
自分でできなければ、カーテンを閉めてあげるのは最低限のモラルです。
こういう事例もまだあるようなので、しっかりと注意して尊厳を守りましょう。
排泄行為は最もプライベートな行為です。
排泄のプライバシーを守ることは尊厳の保持につながります。
介護予防を通じた尊厳の保持
介護保険法では介護予防に取り組むことを国民の努めとして明記しています。
介護予防とは、健常者は介護不要の状態を維持し、要介護者は悪化しないよう努めることです。
すでに要介護状態であっても、介護予防の取り組みは必要です。
現状を維持することも充実した人生を送ることにつながります。
要介護者の創作活動、認知症予防への取り組みも尊厳の保持につながります。
リハビリテーションを通じた尊厳の保持
リハビリテーションの本来の意味は「権利・資格・名誉の回復」です。
より積極的に将来に向かって新しい人生を創造していくことです。
その人の持つ潜在能力を引き出す。
生活上の活動能力を高めていく。
これらを通じて豊かな人生を送ることも可能となります。
専門職によるリハビリに加えて、介護職によるレクレーション活動も尊厳の保持につながります。
まとめ
尊厳の保持は介護サービスを提供するうえで、介護業界の共通認識であります。
施設長、主任、リーダー、一般職に至るまで、全員が知っている概念です。
他業種から介護の仕事に就かれる場合には、必ず押さえておいていただきたい概念です。
介護職と日々接することも要介護者の刺激となり、リハビリとなり、尊厳の保持につながります。
尊厳の保持のために「やってはいけないこと」は当然NGで失点を防ぐ考え方です。
さらに「良いかかわり方をすること」も尊厳の保持につながり、加点的な要素であります。
介護が単なる「措置」になると介護する側の人も「心」を見失います。
「尊厳の保持」をしっかりと理解して「心」のある介護サービスを提供しましょう。
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