役職離任、定年延長、嘱託勤務の弊害(50代60代の課題)

昭和世代にはなつかしい津山扇形機関車庫_背面 転職活動アドバイス
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50代、60代は課題様々な課題にさらされています。

結論としては「生涯現役」で働き続ける覚悟が必要なのかもしれません。

ここでは制度に現れない人間ならではの問題について経験談を紹介します。

こんなはずじゃなかった

役職離任、定年延長、嘱託勤務など様々な制度で60才以降も職場に残られたケースを見てきました。

残念ながら、絵図通りにうまくいったケースは見かけませんでした。

制度には表れない人間の機微、組織のサガが問題を複雑にします。

役職離任となっても現役並みに働く方

Kさんは、もともと仕事ができる方で、心意気で仕事をするタイプの方でした。

57才で役職離任となっても、仕事の質は落とさずに責任もしっかりとる形で就業されていました。

現役世代も頼りにしていたのですが、組織もKさんに全幅の信頼を寄せていました。

Kさんと一緒に仕事をして事業内容や関係各位との繋がりを引き継ぐ予定でSさんが配置されました。

Sさんも組織の評価は高い有望な方でした。

スタート時点こそ順風満帆でしたが、1年ほど経過したときに組織の都合でSさんは転勤となりました。

傾いた事業の立て直しにSさんが必要だと白羽の矢が立ったのでした。

Kさんには「しばらく一人で持ちこたえてくれ」という主旨で話があったと聞きます。

その話を聞くKさんは遠くを見つめて放心状態になり「馬鹿らしくてやる気が失せた」と後に伺いました。

Kさんが頑張りすぎたがために組織が都合よく使おうとして失敗した事例です。

名誉職で定年延長の方

Tさんはイケイケ性格で細かな計算はせずに向かって行くタイプです。

バブル期に好業績を上げて子会社の幹部に就いていました。

実績がある子会社の幹部を定年後に無役で残すわけにはいかないということで、規模が小さめの子会社の社長として赴任しました。

しかしながら、Kさんがこれまで歩んできた業種とは違う業種であったので、これまで業績を上げてきた手法は通用しなくなりました。

経営センスも時代にマッチしていないため、その子会社は業績が低迷、迷走をはじめ、消滅の憂き目にあいました。

嘱託でアドバイザーの方

Mさんは現役を離れて嘱託として残られました。

これまで長年にわたって会社の重責を担われてきたので、ほっとしたかったのだと思います。

目線は鋭く、問題点を見つけ出すことには長けています。

見つけた問題点を現役世代に伝えると「解決するのは現役の役割」と割り切っておられました。

問題を指摘された現役世代は、元上司からの指摘という精神的な圧力もあり、優先的にその問題に対処します。

次々に問題を指摘され、現役世代は重圧がうっ積していきました。

「一部の問題でもいいので、自己完結してほしい」という要望を伝えましたが「僕はそういう立場じゃない」と断られたそうです。

まるで嫁姑問題のような確執が実際に会社組織で勃発していました。

嘱託で新規営業開拓

Iさんは営業上がりで定年後、嘱託に残られた方です。

得意分野を最大限に生かして、伝手(つて)を頼って新規営業開拓に専念されました。

営業のクロージングが苦手な方で、納入条件の交渉、審査、口座開設などは役割から外しました。

どこの企業でも新規開拓は重要なので、こういう動きをされる方は重宝されるべきなのですが、ご自身が開拓した営業先がクロージングで取引が成立しなかれば不機嫌になります。

先輩が不機嫌になるのを恐れて、そこに気遣いが生まれます。

Iさんが開拓した案件を担当するのを避ける者が出始めました。


結果として当初の絵図通りには新規営業開拓は進みませんでした。

まとめ

個人的な見解ですが、私がみてきた中では、役職離任、定年延長、嘱託勤務などの制度の陰に人間ならではのドロドロした問題が潜んでいたように思います。

機会があればもう少し具体的なことを書くかもしれませんが、いずれも「私の目から見た評価・感想」です。

これらの事例を反面教師として私自身の身の振り方は「真の意味での責任者でなければ残らないほうが良い」と考えるようになりました。

30年以上勤めた会社は早期退職を選択し、その後の就職先で60才を迎えてしばらく責任者として残らせていただきました。


早期退職を経て収入面は下がりましたが、後半人生の充実、精神衛生も考慮すると早期退職はよい選択だったと感じています。

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