2000年代は有料老人ホームをはじめ、介護施設がたくさん増えた時期です。
介護業界に身を置いてきた人ばかりでなく、門外漢の施設長もたくさんおられました。
私もその一人です。
今でも思い出す財産がらみの事例をご紹介します。
入居者Aさんについて
女性の入居者を仮にAさんとします。
80代後半、要介護4、認知症あり、精神的に不安定でBPSDあり。
長女、長男、次女の3人の子息のある入居者です。
猜疑心が強い方です。
施設入居に際しての身元引受人と、財産管理は長女Bさんが一人で担当されていました。
身上監護、医療、介護の方針は常にBさんが意思決定を保佐されていました。
私が赴任した時にはすでにいらっしゃった方です。
職員によると、当施設に入居以来5年以上経過していますが、長男Cさん、次女Dさんは施設に来られた記録も記憶もないということでした。
長女Bさんの話
長男Cさんが親の財産を勝手に使い込んだので、入居者Aさんが長男Cさんを勘当した。
次女DさんもCさんからお金をもらっていたので、このお二人は結託している。
CさんはAさんからの信頼を失墜して、財産管理をすべてBさんに託した。
また、当施設に入居される以前には、CさんがAさんを精神病院に入院させて「一生出さない」と言っていた。
最近母(入居者Aさん)に、おばの遺産が入ったので、長男がそれをどこかで聞きつけて何か画策しているかもしれない。
長男Cさんが動く
長男Cさんが面会に来られました。
事前に長女Bさんに確認したところ「母が会いたいと言えば会わせてやってください」と言われたので入居者Aさんに確認したところ「会いたい」と言われたのでお通ししました。
入居者の個室はプライベートな生活スペースなのでスタッフの立ち合いはありませんでした。
その時に長男Cさんは「施設を出て僕と一緒に暮らそう」と言われてそうです。
Aさんの心の葛藤
ひさしぶりに息子の顔を見てやっぱり息子をかわいいと思われたようです。
さびしい気持ちがあったところに息子が優しい言葉をかけてくれたのがうれしかった。
でも息子は財産を取る人、という恐れる想いがある。
入居者Aさんは、認知症もあり、精神的に極度に不安定になられました。
Aさんの発言
息子が来た、うれしい、いつも甘えるかわいい子、一緒に住もうと言ってくれた、やさしさに涙がこぼれた、私はあの子と住みます、などポジティブな状態の時はこのように言われます。
反面、ネガティブな気分になると、わたしのお金が盗られる、誰か息子を捕まえて、警察を呼んでください、など大声で叫ばれます。
実現できない夢
長男Cさんの提案は、要介護高齢者にとってはとても嬉しい話ですが、Aさんの状態と2000年代当時の在宅介護の支援体制を鑑みると、在宅生活は無理でした。
有料老人ホームの施設長であった私は公平であるべきですが、あまりにも無責任な発言をされた長男Cさんには残念な想いを持ちました。
Aさんの入院という選択肢
介護拒否、暴言、大声など、とても通常の生活が営める状況ではなくなりました。
かかりつけ医より精神科の病院に入院(長女Bさん了解)を勧められました。
しかしながら長男Cさんと次女Dさんは、
①精神病院への入院は反対します。
②長男の自宅(遠方)で同居生活をします
③転居しますので身柄を渡してください
と言ってこられました。
おそらく財産がらみで「母の介護の主導権を握りたい」という背景がありました。
施設長として
Bさん、Cさん、Dさんには子どもとして平等に持つ権利に配慮しながら、Aさんの人権や財産権を守るためにはどうすればよいか、弁護士にも相談しましたが、その時点では特効薬はありませんでした。
入居者Aさんの為には精神科入院と治療が必要であると医師の判断がある状況でした。
医師の判断と長女Bさんの同意によって「医療保護入院」を進めました。
結末
後日、入居者Aさんは穏やかになって退院され、長男Cさんの勘当が解かれました。
長女Bさんは「母が良ければそれでいいんです。弟は出来が悪いからかわいいんでしょう。老い先も短いので母の気持ちを楽にさせてあげたい」と消極的ながら賛成されました。
ご家族で話し合って、長男の自宅で同居生活は無理なので、長男宅の近くの施設に転居することになりました。
結末とはいっても、有料老人ホームを退居されるまでの範囲での結末しかわかりませんので、その後のことはわかりません。
まとめ
長男Cさんの勘当が解かれたことを知ったスタッフはAさんに「Bさんがいままであんなにお世話をしてくれていたのに、Bさんがかわいそうじゃないですか、なんでCさんを許すんですか」と義憤に駆られて言ったようです。
気持ちはわかりますが、老人ホームの職員は家庭に踏み込むことはできないのです。
日々の付き合いは家族同然なのに、どうしても一線を引いて付き合わなければならないという特性があります。
一線を引くラインによっては周囲から「冷たい人」と見られますが、逆に踏み込むと向こうから一線を引かれて「バーンアウト※」の原因になります。
これはケースバイケースでマニュアルがありません。
人間ならではの機微が求められます。
※バーンアウト:燃え尽き症候群とも言われ、一生懸命にやってきた人が気力も体力も燃え尽きて何もできなくなることを指します。
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